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日誌

■同窓会だより
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作成日2008/03/26タイトルご挨拶画像by: tama

PTA会長 佐藤 直恵

 会員の皆様ますます健やかにお過ごしのことと存じます。
 船橋西高校同窓会報の創刊おめでとうございます。
 平成19年度の会長をお引き受けし『楽しくなければ西高でない』をキャッチフレーズに役員の皆さんに支えていただきここまできました。
 親子・兄弟で西高に通っておられる方が多く、我が家も兄弟で西高生です。
 現在の船橋西高校の様子をお知らせいたします。
 同窓会のご協力により平成17年に30周年記念行事が行われ現在創立33年を迎えました。
 平成20年度から二学期制の普通科単位制高校として新たな第一歩を踏み出します。「進学目標型単位制」は各自の進路や興味関心・能力に合わせた多様な科目選択を可能とするシステムです。
 平成23年度には、船橋旭高校と統合されます。現在各学年6クラスで全校18クラスですが、統合に伴い来年度の募集定員が1クラス減の5クラス200名となりました。校舎は残りますが学校名が変わってしまうことは寂しいものです。
 年末に県立船橋特別支援学校で西高吹奏楽部によるウインターコンサートが行われました。その時、校長先生から「西高卒業生が、授業交流で知り合った車椅子の生徒に駅で声をかけ、電車に乗る手助けをしてくれた事を、とても喜んでいました」とのエピソードをお聞きしました。『共に育ち合う』大切さを感じました。
 寒い日が続いておりますが、健康に充分に留意され、ますますご活躍をして下さい。

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作成日2008/03/26タイトル会報発行によせて画像by: tama

校長 中島 久

 船橋西高は昭和50年4月11日、塚田小学校で開校式を実施した。「戦後」という言葉にまだ実感があった創立当初からの満33年になる長い時間の経過を思うと、西高の歴史の重みを感ずる。昨年度着任した時は30学級規模の校舎の巨大さ、造成当時の面影を残した校地を囲む斜面の荒々しさに強い印象を持った。長津川の川筋を移して造成した土地で地下水脈が残り、地盤沈下が激しかったことが当時の教育界の話題になっていたことも思い出される。今でも大雨の後は舗装の下の土の流出が続く。
 生徒達は少し覇気に欠けるようにも思うが多くは素直で優しい性格で物の考え方と行動が堅実な印象である。前貝塚の住民が学校に批判的であるとの話を聞いていたが、30学級当事と比べれば登校時の混雑も緩和され、住民も高齢化した。高校生が街を通るのは活気があって頼もしいという空気になってきている。お年寄りが困っているのを助けて礼状をいただくという嬉しい出来事も時々ある。地域の人々に愛される学校であってほしいと、校長としても気配りに努めている。
 20年度からの単位制・二学期制の準備がひと仕事と思っていたら、23年度の船橋旭高との統合という重い課題がさらに重なったのは同窓会の皆様もご承知の通りである。校名等は変更も予想されるが、幸いに西高の校舎が使用されることとなった。西高の良き伝統を新高校につなぐべく生徒一同奮励努力せとよ激励しているところである。旭高と連携しながら理想の新高校づくりに職員一同努力する所存でありますので、同窓会の皆様には特段のご尽力とご叱責をお願い申し上げます。
 同窓会には30周年記念事業実施を始め教育方針・校歌の額作成(田中教諭揮毫)、短期海外留学の支援、時計台設置等々、ここ数年も学校に対して数え切れないご高配をいただいている。課題山積の中で皆様からの温かいご支援に生徒・職員一同励まされていることに衷心から御礼を申し上げ、後輩の生徒達への何よりの励ましとなる、皆様の益々のご活躍を祈念してご挨拶といたします。


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作成日2008/03/26タイトル同窓会だよりによせて画像by: tama
同窓会会長 能勢 大弘
 
インド、ダラムサーラにおいて    同窓会会長
ダライ・ラマ14世と共に        能勢大弘

 寒さが、一段と、つのってまいりましたが、ご無事にお暮らしでございますか。昭和五十三年に卒業、第一期生で現在、西高同窓会長を務めています、能勢大弘(たいこう)と申す者です。西高在学中の名は大弘ではなく勇之(ゆうじ)と申していました。現在は、勝田寺の住職です。

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作成日2008/03/26タイトル旧職員だより画像by: tama

村田 泰一 (在職期間S50〜S56)

『西高の思い出』

 船橋市内の県立高校で 四番目に設立され、早三十年。その当事は、毎年次々に新設校が産声をあげた。だが今度は少子化で統廃合され、母校の名前が消滅していく。何と悲しいことだろうか。誰でも母校には大きな愛着がある。何とかならないものかと思わずにはいられない。
 開設準備委員として初年度からお世話になり、『手作りの学校』を体験した。鎌ヶ谷高校に事務局を設置し、委員全員で西高校を高台から初めて見た時はショックだった。マッチ箱のような小さなプレハブが、今の野球場にポツンと二棟。「エ?これが学校?」という印象だった。塚田小での入学式、吹き荒れる砂嵐、地盤沈下、猛暑のプレハブ教室、近隣住民からの相次ぐ苦情・・・等。そんな中、職員・生徒が本当に一丸となり、船橋西高が誕生したのだが・・・。自分にとって母校のような存在の西高の消滅には、一抹の淋しさを感じる。

 

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